2007年08月18日
●国家陰謀に関する話。
去年リリースされた氷室京介のポッドキャストをニコニコ動画経由で聴きながらお送りしております。
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某社自動車工場にて。
「班長、次のオーダー来ましたー。」
「はいはい。んん?」
「どうしました?」
「ちょっとリストチェックしてくれない?”コプー”で。」
「リスト?はい、わかりました。・・・ああ、登録されてますね。」
「やっぱり。オーダー票に要注意って書いてあるからさ。」
「なにやったんですかね、このひと。」
「ん~、わかんないけどさ。例えば、バックして畑につっこんだ、とか、庭屋につっこんで石倒したとか、家の半径500m以内が鬼門だらけとか、羽田空港で間違えて女性用トイレで用足したとか。」
「妙に例えが具体的ですね。」
「いや、わからんけどね。まあ、そんなわけで、そのリストに載ってるってことは、あの装置取り付けないといけないね。」
「あの装置つけるんですかー。俺だったら嫌だなー。信号に近づくと赤になっちゃうんだもんなー。」
「イラつくよなー、他人事だけど。」
「イラつきますよねー、他人事だけど。」
ウフフ。アハハ。オホホ。
嫁さん迎えにいった最寄り駅までの5つの信号のうち4つで足止めをくらった昨日の夜、そんなことを考えてました。
2005年04月01日
●赤白黄色。
突然だが、俺の親父が信号屋を始めると言い出して丁度大学で就職活動していた俺も誘われた。信号屋って何のことかと思って聞き返すと、今、日本のそこかしこで見かける信号製造は一社独占の状態らしい。それって日本たばこみたいなイメージで、後発が太刀打ちできるような状況じゃないっていうか、そもそも参入すら許されない業界なんじゃないかと言ったわけだが、元来言い出すと聞かない彼は会社を作った。それまでコツコツ貯めた貯金も全部吐き出して作ってしまったのだ。そんなことだから母さんも逃げたんだ、とか、まあ翻意するわけもないなか説得を試みたわけだが時間の無駄だった。
で、誘われた俺だがこの不景気の中、既に色よい返事を数社から受けていたこともあり、まあ仮に受けていなくても親父の余興に付き合うつもりは全く無かったのだった。で、親父が下手に動き出す前に決めてしまおうと特に考えもせず一番最初に内定貰った会社に絞って決めてしまったのだった。
で、二日後、内定は取り消された。親父に。動き出したら止まらないのだ。
彼の中では、俺は彼の作る先行き不透明な信号製造会社社員で確定しているわけで、他の会社に入るなどという選択肢は無いのだ。俺の選択肢を親父が消去する。母親が逃げた理由もわかりそうなものだと思うがどうだろう。
文句を言いに行った俺ではあるが、親父は聞く耳を持たず信号製造の未来を説く。まあ、簡単に言うと一社独占=競争が無い社会なのだから、上手い具合に差別化できれば、マーケットをごっそりいただくことが出来るというわけだ。そんなこと誰でも思いつくことで、それが未だに誰もやれてないってことはやっぱり参入できる市場じゃないとわかりそうなもんだが、暴走機関車みたいな親父は口角泡を飛ばして喋り続け、そして今回も俺はげんなりと諦めてその場を離れるのだった。
そして4月を向かえ、いつの間にやら借りた県庁所在地の隅っこにある古びたビルの一室で、これまた、どこからどのようにスカウトしてきたのかわからないおっさんとおばさんと若い男と女。俺と親父を入れて総勢六名いつ倒れるかもわからない会社ごっこが始まったのだった。
なにせ「差別化」がテーマの親父はたった一つの円卓に全員を集めて「アイディアを出せ」というわけだ。「どんなんでもいい」と。
「色変えたい。つまんない。」若い女が言う。
「ほほう」親父が反応した。「たしかに信号は赤・白・黄色だからね。」
「そりゃチューリップだろうが。」余計なツッコミをしたと後悔した。
親父が笑う。おっさんが笑っておばさんが笑った。若い男と女と俺が取り残される。
「いっそのこと、本当に赤・白・黄色」でどうかしら。ねえ。」
「白で進めか。」我が父よ、それでいいのか。
「赤・青・黄色をひっくり返しちゃうとかさ。」若い男が道路交通法を無視だ。
「青は止まれ、赤は進め?事故起きそうだな。」
「ついでに赤信号はハートマークにしちゃいましょうよ。」若い女が何かを越えた。
「点滅させたらドッキドキね。」おばさん、落ち着いてください。
「よし、それ目玉商品にしよう。」おっさん、あんたも落ち着け。
「賛成!」賛成すんな、この馬鹿親父。
っていうか、こんなばからしいことになんで前向きなんだ、お前ら。
俺の想いを無視して話し合いは続く。
「あたしは韓流がいいわ」おばさんはノリノリ(死語)だ。
「韓流?韓流って信号とどう結ぶんですか?」さすがの俺も聞かざるを得ない。
「え、わからないわ。」勢いか。
「信号機の下にテレビ付ければいいよ。」若いの。もっと頭を使え。
「なるほど。青信号になったらとっとと次の信号に行かないと続きが見れないのね。」おばさんがすっきりした顔して言う。
「それか誰も進まなかったりしてな。がははは」。親父。それでいいのか。親父よ。
「そうしたら交通渋滞になっちゃうから駄目ね。」いや、許されませんから。
「続きは次の信号で、とかしちゃえば。」若い男。
「みんなギュンギュン進むかもね!」若い女。
「賛成!」おっさん、黙れ。
「俺も!」この馬鹿親父。
そんなこんなで三日前に無理矢理会社を辞めた。
2005年03月27日
●お米ブルース。
母ちゃん?俺。忠雄だけど。
え、誰だって?知らねえ?そりゃひでえよ。今じゃ俺も心入れ替えてちゃんと定職ついてるしよ。あ、夢は諦めてねえよ。やっぱり最後はロックンローラーになりたいけどよ。俺も32だろ、さすがに現実も見ねえとまずいしよ。
何言ってるかわからねえ?母ちゃん、そりゃねえんじゃねえの?たしかに今まで迷惑ばっかかけたけどよ、借りた金だって返してねえけど、まあ見てろって。来年の今頃、俺、「笑っていいとも」に出るからよ。テレフォンショッキングよ。今流行りのビジュアル系から紹介されてロック仲間で回してよ。
えっ?今更ビジュアル系なんて言ってる奴いない?古い?あ、そう・・・・
んなことはどうでも良いのよ。
俺の今の仕事さ、ちょっと特殊なせいかなかなか相談に乗ってくれる人もいなくてよ、まあ、母ちゃんもわからないだろうけど、まあまあ、聞いてくれよ。
俺、今さ、芸能事務所に勤めててさ。アメリカ兄弟っていう、次世代演歌っていうテーマで頑張ってるコンビの付き人やってんだ。何が次世代って、演歌はもう日本のモンじゃなくてやっぱりこれからはグローバルっていうかさ、アメリカっていうの?
え、何言ってるかわかんない?やっぱり凡人にはわかんねえかな。最先端だからさ。母ちゃんみたいな馬鹿にはわかんねえかもしれねえな。
最先端のエンターテイメントってえの?わかる?えっ、わかんない?あ、そう・・・。
まあ、そういうわけでさ、世の中やっぱり母ちゃんみたいな人が多いんだけどこっちも商売だから一生懸命妥協点を見出そうと頑張ってんのよ。
で、とりあえずさ、今、次世代演歌の最先端行ってんのが、マツケンだと思うわけ。マ・ツ・ケ・ン。
で、俺らもトリビュートっていうの?カバーっていうの?頑張ろうってことになって今度新曲出るんだ。
お米ブルースって言うんだけどさ。
マツケンって言えば有名なドラマあるじゃん。そこから捻って「米」貰って、「サンバ」だとまんまだから「ブルース」にしてさ。この世界、著作権厳しいからさ、そうやって網の目くぐらねえとさ、やってけないわけよ。
なんだよ、その沈黙は。
言っとくけどパクリじゃねえから。
いや、ホントホント。マジで。強調しとくよ、ここは。俺達の名誉のために。
ところでさっきからノリが微妙なんだよな、母ちゃん。そんなに俺が煙てえのかよ。そんな態度されたら、俺が売れたとしても「隠したい過去」みたくするしか無くなっちゃうぜ。ここはやっぱり水に流してさ。
えっ?あれ?母ちゃんじゃねえのか?
安岡艶子。ツ・ヤ・コ!。母ちゃんだろ?
えっ?
サワダさん?
あ、そう・・・
すんません、間違えました。
ガチャン。
2005年03月21日
●アメリカとポトフ。
結局ギャラ渋られて、それじゃあ3人稚内から帰れねえって話になって貰うはずだった蟹返してその分金もらって在来線乗り継いでようやく東京まで帰ってきて、で、渋谷で飲んだ。3人で。
ノースアイランド師匠が「反省会やろう」って言い出したからだった。俺は一刻も早く帰りたかったがブリッジ師匠も乗り気だったので付き合うことにした。さすがの二人も稚内営業は失敗したと思っているのかもしれないと思っていたのだが・・・。
「売れねえのは何故か」という話になった。切り出したのはノースアイランド師匠だった。
「なんで売れねえんだろうな、兄貴。」 兄貴とはブリッジのことだ。
「インパクトがねえよ。」 ある意味インパクトはあると思うが。
「インパクトってなんだ?」
「ウリだよ、ウリ。売っていくための武器がねえってことだろ。」 わかってんじゃねえか。
「俺らを冷静に分析した場合、歌だって馬鹿みたく上手いわけでもねえ。曲だってそうだろ?」
「そんなことねえよ。俺達良い歌歌ってるよ。」 吾作が、か?
「おめえは本当に馬鹿だな。時代にあった歌を歌わなきゃいけねえってことだ。俺だって良い曲書いてるって自負はあるぜ。ただ、時代が追いついてねえ。」 時代のせいになった。
「時代かあ。」 違うって。
「しかし時代が追いつくのを待ってる場合じゃねえのよ。こっちから擦り寄っていかねえとな。」 擦り寄るのか。
「どうすんのさ、兄貴。」
「インパクトのあることをやればいい。とりあえず俺とお前でコンビを組む。コンビ組んで営業回るんだ。」
「いつも一緒に回ってんじゃん」 ごもっともな意見。
「コンビ名を考えるんだよ。インパクトのある奴を。」 歌手の発想じゃねえな。
「なるほど。」 納得すんな。
「これからの時代、日本の中だけでやってく時代じゃねえ。世界だよ。インターナショナルなわけよ。世界と言えば、アメリカよ。数年後には演歌が世界を救うのよ。これくらいの意気込みが無けりゃ駄目なのよ。」
「さすがあ。」 流石、じゃない。
「そこで、コンビ名だが、アメリカ兄弟ってのはどうだかな。」 嫌だよ。
「いいねえ!」 いいのかよ。
「でもさあ、この前稚内に行ったじゃん。そうすっとソ連が近いよね。」 ソ連、ですか。
「おうっ、二大大国だな。」 なんか話が変な方向に広がってきたな。
「ソ連にちなんで何か無いかな。」
「ソ連かあ。」 今はロシアですけどね。
「ソ連の有名な食べ物でポトフってあるよね。」
「ポトフ大統領!」
「兄貴、流石!!!」
ふざけんな!
「おう、クソ松。アメリカとポトフ、どっちがいい?」
そうそう。
稚内に行くあたりから俺は「クソ松」と呼ばれている。
こんな奴らから「クソ松」と呼ばれているのだ。
で、俺が「ポトフ」と言ったせいで、二人のコンビ名は「アメリカ兄弟」に落ち着いた。
だったら聞くんじゃねえよ。
●【改版】 稚内の片隅で色々と叫ぶ。
結局誰も話を聞いてくれないから日記を書くことにした。
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営業で稚内に来ている。稚内の片隅の公民館だ。
元はといえば、ウチの事務所に所属している別の歌手(結構有名)にオファーが来てそいつが断って、更に次が断って、徐々に徐々にランクが落ち最後誰でも良いからという話になって、幸夫と三郎に落ち着いた。一番下まで落ちてきたというわけだ。大した儲けにもならないが数週間ぶりのまともな仕事というわけで、幸夫も三郎も空回りしそうな気合の入れようだった。
で、空回りした。
「ふたりのビッグショー」と銘打たれた「リサイタル」は幸夫と三郎が交互に持ち歌を歌い、MCついでに相方を紹介するスタイルで延々2時間続いた。その場にいた客からすれば詐欺にあったようなものだったと思う。宣伝の回覧には写真も無く、ただデカデカと「夢の競演!あの幸夫と三郎がやってくる。」と書かれていただけだった。でやってきてみれば、どこぞの馬の骨が、聞いたことも無い歌と下ネタ満載のトークを繰り広げるわけで、久しぶりの娯楽に目を輝かせてやってきた彼らの純真な心も、ショーの始まりと共に地に落ちたのがわかった。
一曲目から三郎が叫ぶ「吾作」。続いて「祭りだわ」。
自信作だって言ってた。
尊敬する北島御大の「祭り」に、あみんの「待つわ」を大胆にフィーチャリングさせたとか。
そりゃパクリじゃねえのか。
見逃しがちだが「吾作」もだ。
その後、上気した顔と満足げな笑みと燃え上がるトーク。引きまくる客のコントラストも見事に幸夫登場。冷え切った場の空気も何処吹く風。満足げに歌い語り踊る。空気が読めないってのも重要な資質だと知る。読んだうえでこの態度なら衣笠もビックリの鉄人だ。
客の拷問が終わったら今度は俺の拷問だ。
終了間際、舞台袖を抜けて公民館の玄関で準備。下駄箱前に机を置いてのグッズ販売が俺の役目だ。冬の北海道でひとしきりテンションの下がったジジババ相手に、今まさに目の前でのうのうと歌っていたこの世の敵とも言うべき野郎どもが満面の笑みで中央に陣取ったTシャツを売るのだ。アンケートと共に。
メンチと文句と皮肉と無視のサンドバッグに早代わりの瞬間だ。さすがに慣れたけど。この頃。
2005年03月13日
●ノースアイランド・ブリッジ。
もしもし?
おう、久しぶり。前のバイトで一緒だった安岡だけど。
悪いな、こんな時間に。ちょっと相談ごとっていうか、聞いて欲しいことがあってさ・・・。
前にも言ったけど、俺、ロックやりたくて田舎から出てきたじゃん。だけどやっぱりなかなか芽が出なくてさ、別に諦めたわけじゃないけどもう32だしさすがにそれなりの仕事にはつかなきゃいけないなと思ったわけ。そんなとき某芸能事務所から求人が出てたから仕事もしつつ上手くいけば俺も、、、なんて思いながら応募してさ、けっこうすんなり入れたからこれは儲けモンだな、なんて思いながら年甲斐も無くウキウキしてたんだ。
4月1日から来いって言われて、まあ合格だって言われてから丁度一週間だから妥当な時期なのかななんて思う反面、行くなり「冗談でした。」なんていわれたらヘコむなあなんて思ってたんだ。俺、32だけど純だよな。
ん?なに?言い方古い?死語?へえ、そうなの・・・・。
まあ、そういうわけでさ、とりあえず入社した事実は嘘でもなかったんで一安心したんだけど、なんかヘンなもん掴まされたっていうか、演歌歌手の付き人やれって言われてさ、そんなこと言われてもわかんねえって思ったけど選択の余地も無いみたいだし、芸能界のウラ側ってえの?ちょっと興味あるし、まあなんとかなるかって思って返事したんだけどさ。なんて名前かって?何が?ああ、演歌歌手のことな。
ブリッジだよ。
ブリッジ 幸夫。
冗談みたいだろ。付き人始めてそれなりに経つけど今でも冗談なんじゃねえかって思ってるよ俺は。しかもセットで売り出してる、、、売り出してるって言い方は御幣があるな。だって出てねえし。表に。
セットで営業回ってるのがいてさ、こっちのがノースアイランド。
ノースアイランド 三郎。ね・・・。
あのさ・・・・・。
絶対ヤバいよな?
辞めたほうが良いよな・・・・。
あれ?もしもし?もしもし?もしもーし・・・・・・・・・・・。
2005年03月04日
●幡ヶ谷さん。
うそ日記。ウォーミングアップ。
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その老婦人は日曜日の昼下がり、計ったように同じ時間に幡ヶ谷三丁目の裏路地に飼い犬と共に現れる。毎度俺はまず犬に目をやる。黒い毛並みが程よく手入れされた小さな犬だ。そして彼女を見る。犬共々、歩く姿に気品溢れる初老の女性が俺に向かって会釈する。俺も釣られて会釈する。毎度のことだ。
この界隈でもあまり知られていないが、実をいうと彼女は「幡ヶ谷さん」と呼ばれるこの道30年の「歩くコーヒー屋」なのである。焼き鳥屋のおばさんがずっと前俺に教えてくれた。もちろん俺は理由を聞いた。しかし野暮の一言で片付けられ、そしてつまり、この気品ある女性が何故にそのような奇抜な趣味を持つのか俺は未だに知らないのだ。
俺は偉いと思う。そんな状況で、俺はこの間彼女に言い放ったのだ。すれ違いざま。
「ブルーマウンテン、1つ」
するとどうだ。
老婦人の目がランランと輝き、犬がわんと一つ吼えた。そう、それが、「幡ヶ谷さん」の唯一のメニューであり合言葉なのだ。その瞬間、どこにでもいる老婦人は、コーヒー職人「幡ヶ谷さん」になるのだ。
幡ヶ谷さんは、おもむろに手持ちのバッグから豆を取り出す。エルメスだ。エルメスから最上級の豆だ。多分最上級だ。そんな気がするのだ。彼女は涼やかな笑みを見せながらコーヒー作りを始める。ところで、豆しかない。どうやってコーヒーを作るのだろうか、と不思議に思っていると、足元の犬がまたわんと吼えた。
犬が口を開ける。更にわんと一吠え。それに呼応するように幡ヶ谷さんは微笑む。
次の瞬間、最上級の豆は犬の口腔の中に消えて行く。犬が咀嚼する。反芻をする。もんどりうつ。
あまり美しい光景では無い。傍らの幡ヶ谷さんとのミスマッチに違和感を覚える。
「フジテレビとライブドア、どうなるのでしょうね・・・」
それまで沈黙を守っていた幡ヶ谷さんが俺に話し掛ける。コーヒーが出来るまでのいくらか時間、客を退屈させないように、だ。いや、多分、そうだ。
幡ヶ谷さんは全てを知っている。何故だろうと思う。俺に向けられた全ての話題は、その時その時に俺の中でカレントな話題ばかりだ。理由を聞いたところで、彼女は教えてはくれない。
そうこうしているウチに、犬が再びワンと吠えて口を開ける。
幡ヶ谷さんは、真っ白な紙コップを彼の口にあてがう。
するとどうだ。犬の口から、ほのかに湯気のたった茶色の液体が紙コップに注がれる。
ブルーマウンテンが出来あがった瞬間だ。芳醇な香りが俺の鼻を刺激する。本物の香りだ。
犬に目をやる。
俺を見ている。飲むのを急かしているかのようだ。
幡ヶ谷さんが犬をなでる。どことなく満足そうなのだが、良く考えてみると、この犬も不思議だ。いや、考える必要もないか。見れば見るほど、どことなく生物らしい温かみに欠けるような・・・。
俺の邪推をさえぎるように、涼やかな微笑みと共に幡ヶ谷さんが俺にコーヒーを差し出した。受け取った俺は、音をたてながらコーヒーをすする。
飲み終わるまで、再び彼女はねぎらう様に犬を愛でる。
俺がコーヒーを飲み干すと犬がワンとまた吠えた。
俺が「美味しかったです」というと、彼女はまた微笑んだ。
そして何も言わずに彼女は散歩を続け消えて行く。明日も。明後日も。
東京の片隅で見も知らぬ老婦人とすれ違った日曜の昼下がり、俺はそんなことを考えていた。
ちなみに俺はコーヒーが飲めない。