2008年10月26日
●それでも道は続いている。
サザンオールスターズ 「素顔で踊らせて」拝聴。あと、合掌。
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オシム氏柏-横浜戦観戦、再来日後初のJ
http://www.nikkansports.com/soccer/news/f-sc-tp0-20081025-422775.html
オシムさんが今ニッポンとどういう形で繋がってるのかわからんのだけど(アドバイザみたいな仕事してるんだっけか)、最期はボスニアで死にたいと言いつつも日本のことを気にかけてくれてるのが嬉しかったりする。レアル・マドリーの非公式なオファーに「レアルよりもジェフの方が面白い。」と言い放った御仁からして、フットボール的に未完成ながら文化として根付きつつある日本て国は、その通り面白いのかもしれないな、と思う。
さて。
ミラー監督「ここはサッカーの僻地ではない」
http://kame.sub.jp/wp/archives/1796
『ここはサッカーの僻地ではない。浦和は毎試合5万2千席がホームゲームで売り切れ、私たちがフクダ電子アリーナで彼らを破った時は1万9千人はいった。たとえば、ピエール・リトバルスキーやモラフチクが過去に千葉でプレーしている』
ミラーさんはジェフに来る前、リバプールなどという世界有数のクラブでアシスタントコーチをやっていたんだけど、元々は香港から指導者のキャリアを始めた人らしく、もう一度監督やりてーなー、と思ってたら極東の、今にも下部リーグに落ちそうなチームからオファーが来たのでやってきました。そしたらビックリ。赤いチームは6万のサポーターでスタジアム埋めるわ、降格間際のチームが1万9千集めるわ(相手が浦和だったんだけど)で、いったい来る前にどんな姿を予想してたのかわからないけど、思いの外、ちゃんとしたフットボール文化があってビックリしました、的な話。
この話を聞いて思い出したのは、名古屋を1年半率いて魅力的なフットボールを展開したアルセーヌ・ヴェンゲルさんの悲しいエピソード。
ヨーロッパの、フットボールの本場たるプレッシャーにやられて疲れたアルセーヌ氏は、そこにたまたまやってきた極東からのオファーにリハビリがてら答えて、で、お荷物チームを見事に再生したわけだけど、計算違いがひとつだけあって。
ヨーロッパの人は誰もその「成功」を見てくれなかったらしいのな。
つまり、新興プロフットボールリーグで「お荷物」扱いされていたチームを見事に立て直し、運悪く絶頂期のヴェルディとネルシーニョ(と松木安太郎、はどうでもいいか・・・)とぶつかっちゃったのでリーグ戦は優勝できなかったけど天皇杯を取って、ストイコビッチを中心とした実に魅力的なフットボールを披露したのに、本場から届くオファーに「グランパス」の文字は無かった、と。アルセーヌ・ヴェンゲルの評価は日本に来る前でピタっと止まってたんだよ。本場フットボールの世界では、自分の一年半の成果が空白でしかないことに愕然としたヴェンゲルは「このままでは本場の連中に忘れられてしまう」と感じて、そしてロンドンに渡り、今の地位を築くことに成功したってわけ。
香港から始まったミラーさんにはそういった拘りは無いだろうけど、そしてアルセーヌさんの話から実に13年(!)が経ったわけだけど、日本はフットボールの僻地なんですよ、未だにね。
そしてオイラはその日本の、更なる僻地で声を張り上げているのさ。
#とりあえず日本一の社会人チームになりました。あとはJFLに上がれるか否か・・・。
Posted by copoo at 12:35
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