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2008年08月15日

●母なる国のすることは。

鈴木引退へ、衝撃の連続1本負け/柔道
http://beijing2008.nikkansports.com/judo/f-sp-tp0-20080814-395957.html


オリンピックにもいい加減食傷気味で、朝方、実家に帰る嫁を送った後は、破れた障子の張り替えをやりつつ、休憩時間はひたすらスカパーでウルトラセブン一挙放送を見てました。そんなわけで、北島の金メダルはぎりぎり目にしましたが、鈴木がやられたのは23時を回ったあたりになってようやく知りました。俺が汗だくになりながら障子紙を障子に貼る奥深さにもんどり打ってる頃(ていうか俺が不器用すぎるだけなんだけど)、鈴木氏ももんどり打ってたわけですか。いや、大変だ。


そんなわけで柔道はさっぱり見ないままここにいるわけですが、鈴木氏に限らず、柔道周辺で言われてるのが、「柔道じゃなくてJUDO」ってやつですね。柔道の母国たる日本がJUDOに対応できずに負けていく。勝ち方にこだわる日本の柔道と、勝てばいい世界のJUDO。


日本の柔道家もJUDOに対応していかなければならないっていう論調があるけど、それってどうなのかなあって思うんですよね。柔道って「道」ですからね。拘りや美学があってしかるべきモノだと思うんですよ。柔道との向き合い方、勝ち方への拘り、柔道家としての美学・・・。「勝ち」に拘ったら美学もへったくれもない。組むのをひたすら避けて谷亮子に勝った奴もそうだけど、美しくないよ。こんなの柔道じゃない。正々堂々って一体どこ行ったんだよ。


俺が思うに、母国たる日本がやることはJUDOに適応することじゃなくて、JUDOをもう一回「柔道」に戻すことなんじゃないのかな。このままじゃ「JUDO」は「柔道」じゃなくなっちゃう。国際柔道連盟の理事に日本人がいないってのもビックリだけど、外様に好き勝手やられた挙げ句、「我々がそれに合わせましょう」なんて、どこまでお人好しなこと言ってんだと思うよ。


このままじゃ近い将来、「柔道と似ているが全く別の競技」に日本の柔道家が参加することになるよ。そして負けるたびに「世界のJUDOに合わせて・・・」なんて言ってたら、いつかこの世から「柔道」は消え去るかもしれないね。だって母国がJUDOをやりだしたら誰が柔道をやるんだよって話。




今日の悪夢。




Posted by copoo at 2008年08月15日 00:49
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