2008年07月15日
●ブルース ゴーズオン。
忌野清志郎 オフィシャルホームページ 「地味変」
http://www.kiyoshiro.co.jp/
サーバが完全にイっちゃってるみたいで上のURLじゃなにひとつ見れないし、日刊スポーツに載ってた記事は見あたらないし、かろうじてヤフーニュースで見つけたんだけど、腰への転移ってのが正直非常に心配。
清志郎のファンってほどじゃないけど、幼少の頃、サザンを聞いて嫌いになった「ロック」というカテゴリーにおいて、オイラの中に唯一すんなり入ってきたのが清志郎だった。
愛情深いが躾の厳しいばあちゃんに育てられていたオイラは夜9時就寝、つまり9時以降のテレビ番組を見ることは一切禁じられていて、当時隆盛を誇っていた萩本欽一氏のバラエティも一切見ることができずクラスの話題にも遅れ気味だったのだが、唯一、どうしても見せて欲しいと頼んで頼んで頼み込んで見せてもらってたのが「ザ・ベストテン」だった。
オイラはご多分に漏れず歌謡曲の虜でジュリーやピンクレディに肩入れし、うるさいだけのサザン=ロック的な見方をして、ロックそのものを敬遠していた。(そのわりにはスポットライトで出たサザンのことは今でも憶えているが)
清志郎を「ロック」とカテゴライズして良いのか躊躇する部分もあるが、幼少のオイラにとって清志郎はロックで、教授とキスをした「い・け・な・いルージュマジック」や(これは衝撃的だった!)、その後、RCサクセションとしてリリースした「サマーツアー」は「うるさいロック」とは確実に一線を画した、幼少のオイラにとって「かっこいいロック」だった。その後のBOOWY結成前後のエピソードなんかも含め、清志郎はオイラにとって「ロックの入り口」なのだったと思ってる。
まだまだくたばるのは早いぜ。がんばれ、清志郎。
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