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2006年08月26日

●アイツはたしかに2センチと言った。

とあるところから転載。若年の火付けが流行ってるようだ。
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放火の中1「宿題で怒られた」
小6焼死 中1兄が自宅を放火
中2女子 母親にしかられ放火



昨今の世の中物騒である。


注意した挙句、その代価は何処まで行くか見当もつかず結果見過ごすしかない。当たりかまわずけたたましい音を鳴らしてゲームに興ずる若造がいたところで俺は我慢しなければいけない。情けないと笑わば笑え。そんなことで命無くしたり大怪我負ってもいいと思うほど俺は気前良くないんだよな。


ところで「我慢する」「理性を働かせる」という行動はそれ用の脳内物質が分泌されることにより行われるそうだ。そしてそれら抑制物質は幼い頃にどれだけ我慢することを覚えるかというのが結構重要らしい。それにより常時完備される抑制物質の量が多くなり、「我慢強い人間」が一丁あがりというわけだ。(記憶に寄っているので嘘かもしれないけど)


誤解を恐れずに言えば、俺だって若い頃は色々考えることもあった。
いなくなれ、と思った人間もそれなりにいる。こいつぶっ殺したい、と思ったこともある。どうしても見たい番組があるから今日は早く帰らせてくれとお願いしていたにもかかわらず、ちょっとの間だけ手伝ってくれと言われ残業して机の配置換え手伝い、ようやく終わって急いで帰ろうとした途端「俺の書いたレイアウトとなんか違う。2センチずつずれてる。やり直そう」などと言われれば、こいつ殺して帰ろうかな、なんて思うのは仕方の無いことだ。(ちなみに無視して帰りました)そんなこんなあり、それでも波風立たずにここまで来れたのは、人をどうこうする度胸が無いってのもあるが、我慢したり別の場所で発散することで収める手段を知っていたからだろうと思う。


翻って彼らは我慢することを知らず、ショックを受け流すことができず、想像力が欠如しているせいか報復の代価がいかほどになるかをイメージすることも出来ず、怒られた代償に家に火をつけるのである。くまぇりをはじめとして、先達どもが放火という選択肢を提示してしまったってのも一因であるようにも思うが。


とここまで書いて、はたと止まる。
だとしたら我慢することを教え、ショックの受け流し方を教え、想像力を養えばいいということになるが、どうすればいいんだろう。我慢は教えられた記憶があるが、他の二つは体系だって教わった記憶が無い。おそらく自ら養ったものなんだろうが、それが養えないばかりに彼らは放火に踏み切ったってことになる。俺と彼らの違いは何だろう。俺の論旨があってるとはこれっぽっちも思ってないが、間違ってるとしたら大まかな正解はどこらへんなんだろう。万が一俺に子供が出来たらどうやって導こうなんて考えてしまう。


学校か?
また学校なんだろうか。
学校で放火がいかに良くないことなのか教えるんだろうか。怒られたからって放火すんな、と教えるのか。こんなヘンテコなフィードバックばっかりしてたらいずれ学校授業は道徳オンリーになったりしないか。そうして学習塾と住み分けるなんてやり方もあるだろうが、やっぱりそれぞれの家庭が責任を持つべき問題だよな。でも迂闊に子供を叱れないとなると小さいときから徹底的に言い聞かせるしかないのか。わからんね。わかりません。俺なんかにわかるような問題ならすぐ解決もしますわな。




Posted by copoo at 2006年08月26日 03:04
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