2006年07月04日
●NAKATAの引退によせて。
サッカー選手 中田英寿はファンタジスタの色合い濃かった若い頃も、つい先日走り回ってた、ワーカー色強い晩年も両方好きだったりする。
俺が中田英寿を初めて意識したのは、ベルマーレ平塚に入った年。Jリーグ12球団のうち実に11球団から誘いを受けた男の、途中出場でのデビュー戦だった。未だに憶えている何よりも印象的だった場面は、緊張など何処吹く風、意欲に満ち満ちた満面の笑顔と共にピッチに入った瞬間だ。
「変わった奴だなあ」
そう思った俺の期待を良い意味で裏切るかのように、ベッチーニョ(懐かしい!)とのワンツーから抜け出したりと堂々としたプレイぶり。その後、PK(当時のJリーグはPKまでやって勝負をつけていた)を外し敗れたベルマーレの中、それでも充実感漂わせる笑顔の青年。こいつは明らかに何かが違うとその時感じた。もちろんメンタルが、だ。
あれから10年。
国立は日韓戦での代表デビュー。俺の目の前で見せた、名波とのワンツー。
中田英寿という「ブランド」を良くも悪くも決定付けたジョホールバル。
東京のワンルームマンションで見た鳥肌もの。衝撃のセリエAデビュー。
ローマの優勝を決定づけた二つのプレー。
嫁から速報の電話を貰った瞬間、まさか現役を辞めるということまで考えていなかった俺は瞬間やたら驚いたが、時間を置いて考えるとそれもアリなのかな、と思える。
彼は若い頃、サッカーで一生遊べるだけの金を稼ぐと言って憚らなかった。それが貯まったから辞める、というわけではないだろうが、サッカーだけの人生を送り「つぶし」の利かない人間になりたくない、色んな世界を知りたいという常日頃から訴えていた想いを行動に移すタイミングが今だったということだろう。
彼ならどの世界に行ってもそれなりに活躍することができるのではないかと思う。しかし敢えて言いたい。この世の中は論理だけで割り切れるような単純な世界ではない。人が絡み人情が動き、そういう曖昧模糊としたものが事を難しくする。恐らく今回の日本代表もそうだったろう。ブラジル人監督がチームマネジメント、モチベーションコントロール(ついでにフィジカルコンディションと選手のセレクション)に失敗した結果、負の人情が蔓延していたものと察する。そこに中田のような強烈な個性が割って入ったところで、相手は身を固くしたことだろう。プロとしての振る舞いを心がける中田にはその状況が理解できなかったのではないか。結果、自分の意見を一方的に押し付け、人心が更に離れる悪循環だったのではないか。そういう心理状態の彼らに対して正論をぶつけて従わせようとするのはもっともやってはならないことだ(と俺は思う)。
これらは所詮推察でしかないが、中田英寿の意志の固さは時として自身の方法論を相手に押し付ける短所になった。中田英寿の頭の良さと論理を絶対とする考え方は時として他者への軽蔑として表出した。(ブラジル戦、最後のインタビューを見て欲しい。プロとしてあるまじき酷い態度だ。)彼の臆病さは時に他者を攻撃することで守られた。(たった一回の傷心でそれ以降マスコミ取材を跳ね除けた)ハッキリ言えばこの俺から見ても狭量だ。
中田個人はどの世界に行ってもそれなりに成功するだろう。(ネームバリューもあるしね。)ただしチームの一員としてはどうかな、という気もする。山崎パンは東ハト買収後も彼をCBOとして招くらしいが、本格的にビジネスをはじめたとして、今のままでは衝突を繰り返すことになるんじゃないだろうか。
もっと他者を許し認めること。
中田英寿の今後はここらへんができるか否かにかかっている。気がする。
ていうかこれができないとまともなグループワークなんて不可能なんだよね。どの世界も。
このエントリーのトラックバックURL:
http://webcopoo.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/609
サイン・インを確認しました、 . さん。コメントしてください。 (サイン・アウト)
(いままで、ここでコメントしたとがないときは、コメントを表示する前にこのウェブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)