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2006年04月19日

●格差上等。

「格差広がった」6割が指摘
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060418it12.htm

構造改革については、全体として「プラス」と見る人が計60%、「マイナス」と見る人は計30%。ただ、構造改革により、「社会の格差が広がった」という人は計59%で、「そうは思わない」計35%を上回った。



よく読むと結局二行の記事を見出しにしてるんだな、と。記事の主題は小泉さんの通知表的な話だけど、タイトルのつけ方に作為的なものを感じたり。


格差。
上流と下流。
富裕層と低所得者層。
このアンケートに答えてる人ってどんな人なんだろう。この言葉の定義自体が難しいけど、そのほとんどがどっちでも、どれでもない人なんだろうなと思う。で、今の流行りに乗ってなんとなく答えてるんだろうな。どの時代にも低所得者は居たし金持ちも然り。その人数に多少の増減はあれど今も昔も大して変わらないんじゃないの?てのが俺の感想。ただクローズアップされてるだけ。IT関連の長者連中と定職につかず貯金も持たない人種が割合として増えた。それだけのこと。


そもそも格差ってなんだろう。
堀江や宇野や藤田と自分を比べた格差、つまり「富裕層」というそれこそ実体が見えないイメージと自分の対比なのか。近隣と自分を比べた格差なのか。俺に限ってあえて格差という言葉を使うと、格差とは貰っている給料の差であって、その相手は堀江や宇野や藤田ってことになる。周りの奴らとの格差なんて大して感じないし、確かに差はあってもひっくり返そうと思えばできる範疇だ。


アンケートに答えた連中の対象も俺と同じだとして、だけどその「差」にはそれなりの理由があるはずだ。例えばこいつらは金儲けの天才と経営の天才と人並みはずれたハードワーカー。それが俺なりの乱暴な理由。才能と努力(そのやり方にもよるが)の代価として今の地位にいるはずなのだ。(刑務所の中も含めて)同じことやってそれでも差がついて、そこで初めて「格差」が出るってもんじゃないの?足元にも及ばないことしかやってない状態で「差がついた」てそれは当たり前じゃんて話。そりゃあ生まれた星や運なんてのも多分にあるんだろうけど。


今自分がいる位置ってのは今までの自分の人生の総決算。低所得なんていうキーワードだってそいつらはそこに甘んじてたりするわけでしょ?そんなことも含めて、俺がたった今持ち家の中、2Fのパソコン部屋でブログを書いている今。そこにいるのは他でもない自分の結果。悪い言い方すれば自業自得。やりたいことも特に見当たらずそれなりの職業について日々を暮らしている我々と彼らの間に格差が無くなってしまったら、彼らが可哀相だしむしろ申し訳ない。都合よくキーワード拾ってるけど、格差と構造改革の関連性なんて俺は説明できない。構造改革なんて関係無いんだよ。やつらはやることやってあの位置にいる。俺たちもそうだ。それだけのこと。


なんか政治と結びつけて他人のせいにしてる感じが凄く嫌なんだよな。格差が広がったぞ、なんとかしろよ。そんな風情。この期に及んで他人任せにしてどうするって話。その差を埋めたけりゃ自分が頑張るしかないんだよね。それが嫌なら不満言わずに受け入れるのがスジだと思うなあ。




Posted by copoo at 2006年04月19日 00:06
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