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2006年03月19日

●SEが死ぬほど忙しいのはわかる。

「SEが死ぬほど忙しいのはわかってくれるよね」
https://rikunabi-next.yahoo.co.jp/tech/docs/ct_s03500.jsp?p=lwj044&f=rnn_top_tech


SEという仕事が一般の方々に理解されない、という趣旨については同意。
同じ業界にいたはずの嫁でさえも「なんでアンタだけがこんなに忙しいんだ」と疑問を投げかけてくるんだから、SE、コンピュータと縁の無い人はさぞかし不思議に映るのかなと思う。(ゲーム業界の方が特殊だと思うけど。


その一方、世のSEが全員こんな状況じゃないし年がら年中こんなわけでもない、ということもわかって欲しい。こういうことを面白おかしく書くもんだから、年々SE志望者が減ってるんだと俺は思ってるんだが。どこいったって仕事はある程度キツイし残業休出もあるし色々苦労するもんなんだけど(地方公務員でも忙しい人は俺が同情するくらい忙しい)、学生連中にはそこらへんの事情はまだわからないわな。結果的にSEは敬遠され、別の業種で別の苦労を背負うことになるわけだ。ある意味哀れ。


思うに忙しい、忙しくないってのは業種よりも本人の資質によるところが大きいんだと感じる。
頭の回転とかスケジューリング、マネジメントなんてレベルのスキルも関係するんだろうけど、もっと人情の世界で、つまり仕事が出来るやつ以上に、「なんだかんだでやってしまう」頑張りのきく責任感の強い人に仕事は集中しやすい。少なくともウチの会社はそうだし王道は外れてないと思う。一般的物言いをすると、会社とは個人の責任感に徹底的に寄りかかる組織なのだ。具体例として俺は自分が特別仕事できる人間だとは思ってないしどっちかというと出来ない部類の人間だけど(卑下ではなく冷静に見てそうだと思う)、それでもほぼ一年中忙しい。頼みやすいというのもあるだろうし100点とはいわずともキチンとした責任感のもとそれなりに形作ることができるからだ。(多分そうだと思う)


そんなわけで忙しいのはSEだからじゃなくて、君という人間に由るのだ、という話なんだけど。


そんなわけで翻って、仕事を減らす方法ってのは実を言うと簡単である。自分に降りかかりそうな責任(仕事)を回避すればいい。例えば。


「コプーさん、この仕事やってくれないかなあ・・・」
「えー、僕がやるんですかあ?あんまりこういう仕事やりたくないんですよねえ・・・。ていうかこの前こういう話だったじゃないですかあ。」


なんて感じに物凄く嫌っぽい雰囲気を出して言ってみる。頼まれるたびにいい続けてみる。そうすれば徐々に簡単な仕事しか来なくなる。頼む側としてはすんなりやって欲しいので抵抗されると仕事を頼みづらくなる。結果的に仕事が徐々に減っていく。(その仕事は引き受けてくれる人にどんどん流れていく。)そういうメカニズム。それでもカネはもらえる。会社はありあまった就業時間に対して賃金を払う。もっとも効率的な稼ぎ方じゃないかとさえ思う。


しかし、組織の中で他者に必要とされない。それは捕らえ方によっては結構な恐怖で、頑張る連中はその状況を暗黙のうちに嫌い、「必要とされていることを実感するために」強烈な責任感のもと遂行しているのだ。一方、そういう空気が読めず、暇を謳歌している連中もまれにいるわけで、果たしてどっちが幸せなんだろうなんて思うこともある。心の余裕という点では空気が読めない方が明らかに幸せだ。うちの会社の頑張ってる連中、明らかに余裕無いもんな。


個人的に会社という組織とはある程度線を引いて付き合うべきとこの頃感じていて(働きすぎて死んだところで会社は何もしてくれない)、頑張りすぎず与えられた権利をキチンと消化しながら(要は適度に休むということ)、ある程度の余裕をもって暮らすバランスを探っていたりする。上手い具合に真ん中へんを辿っていけたらなと思う。


もしくは頑張ってしかるべきやりがいのある仕事を手にしたいと思っているが、20年で張り付いた根っこはなかなか崩せないようだ。こっちはこっちで色々アクションしているがなかなか進展しない。本当は「忙しいけど楽しい」を嗜好する私。こっちが身になれば引いた線を片付ける準備はあるんだけど。




Posted by copoo at 2006年03月19日 21:38
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» あるあるある from ちょろっと日記
コレ。 SE世界では普通に転がっているネタ、いや実話だな。 これの発展系が: 「おじちゃん、また来てね」 ちなみに、実家の近所に母... [続きを読む]

Tracked on 2006年03月21日 16:44
コメント

うーむ。トラックバックがうまく飛んでくれない。
後でまたやろう。

三島から都内へ新幹線通勤をしている人を知っていますが、仕事中でも「電車が無くなるので」とさっさと帰っていく管理職候補を知っています。彼の中に恐怖心はなく、必要とされない自分に気付いていない鈍感な人間なのだと思われます。
「鈍感」は時に幸せなのかもしれません。

Posted by も at 2006年03月20日 23:16
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